史書

| 小説目次

  紅貴の恋愛事情?  

 

「ねぇ、紅貴って好きな人いるの?」
 突然瑠璃に言われ、紅貴は口に含んでいた団子をのどに詰まらせそうになった。
「瑠璃、それはいったいどういう意味?」
「そのままの意味よ。紅貴には好きな人いないの?」
 紅貴はすぐそばにあった湯呑を手に取り、勢いよく茶を飲む。そして、瑠璃を正面から眺めた。もともと大きな瞳はさらに大きくなり、紅貴の姿を映し出している青い瞳は嬉しそうに輝いている。瑠璃の瞳に映る、自分の呆然とした顔に、紅貴はげんなりと息を吐き出した。
 そもそもこうして、女性ばかりがいる茶屋に来ることになったのは、白琳も桃華も忙しそうだったからだ。白琳は翡翠のところへ行っているし、桃華は気づけば寝泊まりしている部屋からいなくなっていたという。「おいしいお団子屋さんがあるから一緒に行こう」と瑠璃に誘われ、たどり着いたのが今紅貴がいるこの店なのだが、桃色や赤の花が飾られ、甘い香りが漂う店には紅貴を除いては女性客しかいなかった。なんとなく気まづく思い、とにかく目の前の団子に集中しようとしたところで、瑠璃がとんでもない発言をしたのだ。
「瑠璃、俺がそういうの興味あると思う?」
「う〜ん……確かに興味あるようには見えないけど、紅貴は15歳でしょ? そういうのに一番興味がある年頃だと思って」
 そう言い、瑠璃は白い歯を見せ、笑んだ。「それは瑠璃のことだろう」と言いそうになるのを飲み込み、紅貴はゆっくりと茶を飲み続ける。先ほどまで、仄かに苦みを感じていたはずなのだが、今は不思議と苦みを感じない。どう答えようかと、必死に考えを巡らせ、けれど結局答えが出ずに、紅貴は湯呑を置いた。
「いないよ、本当に」
「じゃあ、同じ年ぐらいの女の子は? 紅貴の国にはいなかった?」
「それは…いたけど」
 洸にいた頃のことを考え、一番身近にいた女は瑠璃と同じ年だったことを思い出す。
「どんな子?」
「う〜ん…しっかり者だったかなぁ」
 紅貴よりもずっとしっかりしていて、滅多なことでは弱音を吐かなかった彼女。彼女が剣を扱うのを実際に見たわけではなかったけれど、かなりの剣の腕を持っていると聞いたことがある。実際に目で見たわけではないが、「強い」ということが容易に想像できるしっかりとした女性だった。
「そうなんだ」
 瑠璃の声がかすかに弾んでいるような気がする。ここで必死に否定したところで、誤解を生むだけのような気がするが、本当に「そういうこと」はないのだから正直に言うしかないだろう。
「本当に瑠璃が思っているようなことはないよ。俺なんかより似合う奴いたし」
 それは嘘偽りなく本心だ。紅貴の親友であり、仲間である男と、瑠璃と同じ年のその女。紅貴自身、確かにその女に対して、友人としての感情とともに、憧れを抱いていたのは確かだったけど、決して恋愛感情なんかではない。
「俺、そういつらのこと見守りたいと思ってたから」
 洸にいたときははっきりとわからなかったが、紅貴の親友とその女は互いに特別な感情をもっていたのではないかと思い始めた。どことなく翡翠と白琳に似ている気がするのだ。紅貴の親友もその女も、見た目や性格が翡翠と白琳に似ているわけではないのだが、醸し出す雰囲気が二人に似ている――そう、今になって思った。
 このままでは洸がどうなるか分からない。ましてや紅貴と同じ目的を持っている仲間であるその二人は、必ずしも幸せになれるとは限らない。それでも、二人が幸せになるのを紅貴は願っていた。洸にいるときは、二人が紅貴にとってかけがえのない人物だからだと思っていたが、それだけではなかったのだと思い始めた。
「そっか…私、なんだか変なこと言っちゃったみたいね」
「別に良いよ。俺が洸を救いたいと思うのはそいつらのためだっていうのも再確認できたし」
 一瞬、顔をうつむかせた後で、今度は瑠璃の口元が柔らかい笑みを浮かべた。
「そう。あ、でも、もし紅貴に好きな人ができたら真っ先に教えて」
「できないよ……多分」
「そんなことないよ。できないできないと思っていても、突然できるものよ」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ。もし、好きな人ができたら、自分が思っていることはちゃんと口に出して言わなきゃだめよ……そうしないと、伝わらないこともあるんだから」
「……瑠璃?」
 微かに声色が、低く静かなものになったのは気のせいではないだろう。だが、紅貴が再び瑠璃を見ると、瑠璃は、不自然ながらも、笑みを浮かべていた。今、ここでわけを尋ねたら、逆に瑠璃を傷つけてしまうかもしれない。
「好きな人ができたら私に教えてね」
「できるとは思わないけど……うん」
 そう言い紅貴は残った団子を口に放り込んだ。

小説目次
inserted by FC2 system